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こんとんみぶん

渾沌未分

岡本 かの子

「文芸」1936(昭和11)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,232 字 · 33 页

青空文庫

「隣近所にお化粧のアラを拾うやつもなくてさばさばしたろう」

これが唯一の、娘も共に零落させた父の詫びの表明でもあり、心やりの言葉でもあった。小初は父の気持ちを察しないではないが、「何ぼ何でもあんまり負け惜しみ過ぎる」と悲しく疎まれた。

今夜はまたとても高踏的な漢籍の列子の中にあるという淵の話を持ち出して父は娘に対する感情をカモフラージュした。

「淵には九つの性質がある。静水をじっと湛えているのも淵だ。流れて来た水のしばらく淀むところも淵だ。底から湧いた水が豊かに溜り、そしてまた流れ出るところも淵だ。滴たって落つる水を受け止めているのも淵だ――」

父親は大体こんなふうに淵が水を受け入れる諸条件を九つの範疇にまとめて、

「これを九淵の説と云って、水はいろいろの変化で向うが、それを受け容れる淵はたった一つなのだ。この淵の無心な気持ちになっていれば世間がどう変りこっちにどう仕向けようと、余悠綽々なのだ。ここのところをわが青海流では、

死屍水かかずしてよく浮く

といって、平泳ぎのこころだ」

「それは、よくおとうさんがおっしゃる、あの渾沌未分の兄弟か何かなの」

小初は食後の小楊枝を使いながら父親を弥次った。