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こすいとかれら

湖水と彼等

豊島 与志雄

「新思潮」1914(大正3)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,351 字 · 25 页

青空文庫

彼等の影は長く渚の上に在った。露にぬれた礫が次第に乾いてゆく、そして冷たい空気が静に流れた。

その午後、彼女は気懸りな三時間を過した。

お昼食前に舟の用意をして、すぐ前の渚にそれを繋いだ。そして昼食を済した時温泉場から婢が来た。それは青年の滞在している旅館の女中で、二つの褞袍の大きい包を届けたのであった。彼女はその女中を見知っていた。

「暫くして御出になりますそうですから。」と婢は云った。

「お友達とお二人?」

「いいえ、」と婢は微笑んで、「奥様なんでしょう。一昨日御出になりました。」

「おやそうを。……舟の用意はいいからとそう申しといて下さいよ。御苦労さま。」

「それでは御頼み致します。」

彼女はそれから舟に運ぶ火を囲炉裡に熾した。そして青年を待った。静かな午後の日は事もなくゆるやかに時が移ってゆく。

彼女は囲炉裡の側に腰掛けていた、丁度いつかの午後のように。そしてじっと炭火を見守っていた。漠然とした不安の予感が心のうちに萠した。何かしら忌わしいものが、日が陰るように胸の中をスーッと通りすぎた。その中に奥様でしょうと云った女中の言葉がふと浮んだ。「私は決して妬んでいるのではない」