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こはん
湖畔
久生 十蘭
「文藝」1937(昭和12)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页
礼式を、ほかにピアノと乗馬を学ばせ、監修には俺自身がみずからこれに当った。
陶は物事を思い詰める一本気なところがあるので上流社会に出ても劣をとらぬ貴婦人になッてくれようと覚悟したものとみえ、定められた時間では満足せず、書机に向って夜を徹するのが毎日なので、活々と紅かった頬の色は次第に蒼ざめ、平素の活溌さが失われて極端な無口になり、時々ションボリと机の前に坐って、溜息を洩しているのを見かけるようになった。言わば御注文通りの女になった訳である。
俺は陶に溺愛し、ほんのちょっとの間も傍から離したくないほどに思っていたが、例の避け難い猜疑心から、畢竟、この女も栄爵と権勢に憧憬れて嫁入ッたのであろうという疑念を取り去ることが出来ず、それに持前の卑屈な根性で、自分の愛情を露骨に示すことがなんとなく面映ゆく思われるもンだから、権柄に任せて粗暴放埓な振舞いをし、時には訳もなく手を挙げて打つようなことすらあった。また俺は生れつき色慾の旺盛な方だッたが、陶に軽蔑されたくないというので、務めて寡慾潔癖を衒い、夫婦らしい夜を過すのは月に一度か二度、それも嫌な義務ででもあるように雑駁に済してしまうのが常だッた。