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こはん
湖畔
久生 十蘭
「文藝」1937(昭和12)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页
当時、日露の風雲ははなはだ急迫し、九月には露国公使ローゼンと小村全権の会見などあり、日露の開戦は避けられぬところと思ッたから、時流を察してまたもや虚偽の名声を博してくれようと思い河野等の対露同志会に呼応し、華胄界に率先して開戦論をとなえ、心にもなき奔走に寧日なく、家庭に尻を落着ける暇もないほどに走り廻っていた。
その年の十一月、陶が懐妊した。俺は陶の智情の成熟をねがうかたわら、いつまでも若く美しくして置きたい希望があり、子供が生れて陶の愛情がそッちへ移るのを恐れたので、その頃、最新の学説だッたヨハン、メンデルの遺伝法則の理を説き、貴様の教養が出来上らぬうちは絶対に嗣子を生むことはならぬと規定し、哀訴歎願に耳も藉さず、厳重に堕胎することを命じたが、この計画は美ン事失敗し、堕胎させるために施した種々の手段は陶の肉体を弱らせただけで終り、翌年七月、九ヵ月の早生で男子を分娩した。これが貴様である。
陶は健康を損じて悪性の貧血に悩まされ、一日幾度となく眩暈卒倒する風なので、九月末、予後療養のため、看護婦と三四名の下婢を附添わせて箱根の別荘へ送ったが、開戦以来、俺は華族会館に恤兵会の事務所を置き、もっぱらその事務に尽瘁していたので、勢い陶を見舞うこともなく、翌三十八年の六月までの間に、たった二度ほど行ったきりだッ