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こはん

湖畔

久生 十蘭

「文藝」1937(昭和12)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,180 字 · 47 页

青空文庫

俺は妻を殺して愛人を獲たとでもいうところだが、ここに至っては二人の間にもうどんな嘘も見栄もない。俺が約束の時間通りに訪ねて行くと、陶は小屋から飛出して来て俺に抱きつきながら、

「よく来て下すったわねエ、嬉しいこと」

と、待ちかねていた愛人に言うような斬新な情意をこめて囁く。それが俺には無性に嬉しかった。町で仕入れて来た乏しい食物を埃の立つ古畳の上に並べ、それを二人で喰べると、外套をかぶって一時間ほど眠る。

或日、俺は陶に言った。

「俺はこの生活が楽しくてたまらぬから、死ぬまで続けたいと思うのだが、此処にいて、お前が生きているところを見られると、監獄やなにかと煩わしいことが起るから、いッそ家も財産も抛って日本のどこかの隅ッこで、自由気楽に暮らしたいと思うのだが」

と言うと、陶は掌を拍って、すぐ賛意を表した。俺は陶の手を執って、

「しかし、金など持ち出すと発覚するから、ホンノ着のみ着のままで飛び出すのだヨ、死ぬまでこんな貧乏な暮しをしなければならぬのだ、それで宜いか」

陶は、いいわねエ、そうしましょう、と立上って勇躍抃舞し、すぐにも出て行きたい風だッた。

次の朝、いつもの時間に小屋へ行くと、陶が駆出してきて、昨夕、林の入口で高木に逢いましたと言った。