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ゆしまもうで
湯島詣
泉 鏡花
「湯島詣」春陽堂、1899(明治32)年11月23日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,004 字 · 122 页
「何だね、今の音は、」と安からぬ状して尋ねた。
柳沢、そのあらぬ方を瞶めていて落着かない梓の面を瞻って、
「忘れたか、神月。」
「何を。」
「今の音を。室を煖める蒸気じゃあないか。」
言う時、煉瓦造の高い寄宿舎の二階から一文字に懸けてある鉄の樋が鳴って、深い溝を一団の湯気が白々と渦き上った。硝子窓は朦朧として、夕暮の寒さが身に染みるほど室の煖まるのが感じらるる。
柳沢は片手を握って、長くこれを神月に差向けて卓子の上に置き、
「それだからもう寄宿舎に居た頃の事を君は忘れてしまったのだ。既に幾たびも君が学資に窮して、休学の已むを得ざらんとするごとに、常に仏文の手紙が添て、行届いた仕送があったではないか。神月、君が俊才有為の士である事は皆が認めていた、けれども、いざとなって金貨を積んでその業を助けたものは、天下に今の夫人を措いて他にゃなかろう。
そうすりゃ恩人でまた唯一の知己といわなければならない。夫人の名誉のため、幸福のため、子爵のためというよりも、ただその知己であるというばかりに対しても、君の行はちと間違っているじゃあないか。」
梓は聞いて物をもいわず差俯向いたにも係らないで、竜田は凜として姿を調え、