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おぼるるもの

溺るるもの

豊島 与志雄

「中央公論」1928(昭和3)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,690 字 · 36 页

青空文庫

中程に何か積んで蓆を被せられて、流れのない汚水の上に舟縁低く繋ぎ捨てられている。それでも時々位置は変っていた。

赤煉瓦と亜鉛板とで出来てる荒々しい幾棟かの工場が、掘割の上に大きな影を落していた。煙筒からは煙が出てるが、建物は静まり返っていた。機械の音も職工等の気配も、その内部で窒息してしまってるかのようで、永遠に休業して立朽れしてるのか、或い死の工場ででもあるようだった。

その工場の囲壁に沿って、掘割の縁を、私は考え込みながら歩いていった。それから、橋を渡って彼女の家の方へ折れこむあたりまで来ると、ひとりでに足が早くなった。

彼女に近づくに従って、新らしい生活が私の胸にぴったりきた。

実際、そこの掘割と工場とは、私の過去七年間の生活と何かしら似通ってるものを持っていた。

愈々図書館生活に別れを告げることになった時、私は坐り馴れた卓子に両肱をついて、深い感慨に沈んだのだった。二月初旬の淡い日脚が、窓から床まで斜に落ちていた。その明るい角※(「土へん+壽」、第3水準1-15-67)を除いて、室の中には淋しい影が立罩めていた。影の中で、数人の同僚が、自働人形のように黙々と働き続けていた。