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しおかぜ

潮風

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,018 字 · 25 页

青空文庫

その夜更け、狭いひっそりした店のなかに一人になると、片野さんはちょっとあたりを見廻して、笑みをもらした。それから酒の燗をして、またも飲み初めたが、眼をじっと見据えて、何やら考えこみ、やがて眼をとじ腕をくんで、食台によりかかったまま身動きもしなかった。

時間がたった。眠ってしまったのかと思われる頃、彼は急に眼を開いた。それからすぐ、ペーパーをのべて、鉛筆で何か書きはじめた。

いろいろな不思議な模様だった。縦の線、横の線、四角や三角の円、唐草模様、妙な形の花や葉、動物や人形の像、其他何とも判断のつかないようなものが、入り乱れ散らばって、幾枚もの紙がぬりつぶされた。どうやらそれは、窓や欄間や天井など、建築の各種の細部らしかった。そうだ、彼は建築家だったのである。紙片の上に次々に描き出される建築の細部は、みな怪しく形が歪んで、笑ったり踊ったり、生きて動いてるがようだった。それは必ずしも酔余の戯作とは云えなかった。創造的な不思議な活力がこもっていた。

わきから覗いていると、俺もへんにまきこまれて、つい手を出したくなった。ちょいちょい鉛筆にさわって、勝手な方向に動かしてやった。