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ひのついたかかと

火のついた踵

宮本 百合子

「中央公論」中央公論社、1922(大正11)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,781 字 · 34 页

青空文庫

今日は。

英一 今日は。

みさ子 先ほどは、お電話をありがとう。

英一 どう致しまして。

谷  実はね。あの電話は、僕がせっついて掛けさせたんですよ。たまに上るのに留守をくわされては堪りませんからね。

谷、英一、各々ほどよい処に自分で席を定める。

みさ子 (縫取を片づけながら)そうだったの? 大丈夫よ。私共が二人で留守をすることなんか、一年に、ほんの数えるほかありはしないわ。

英一 然し、何にしろ、素晴らしい天気だからな――戸外(そと)は、なかなか暑いですよ。――一寸そこをあけてようござんすか?

みさ子 ああ、どうぞ。ほんとにね、ずくんでいるもんだから……

英一、フォールディング・ドーアの一方を開く。

みさ子 (其方に顔を向け)ああ好いこと。まるで夏のようね。

英一、席に戻る。

みさ子 この頃はいかが(笑顔で二人に)相変らず?

谷  別に目醒ましいほどのこともありませんね。教師は教師で、生活難で萎縮し切った講義をやるし、学生は学生で、浮腰だし……(それとなく室内を見廻す)

英一 おまけに君は、中で一等の遊動体だろう(笑う)――それにしても、随分会いませんでしたね。あの音楽会は、何でも正月頃だったでしょう?