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ひのとり
火の鳥
「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,740 字 · 76 页
その職人には、いま、妻も子も在る。数枝は、平凡な女給である。人生は、こんなものだ。ひとは、たよりにならない。幼いころから、そう教えられ、そうして、そのとおりに思いこんでいた。二十四になって銀座のバアをよして、踊子になった。このほうが、いくらか余計お金がとれるからである。そのとしの十一月下旬、朝ふと眼を醒ますと、以前おなじ銀座のバアにつとめていた高野さちよが、しょんぼり枕もとに坐っていた。
「ほかに、ないもの。」さちよは、冷い両手で、寝ている数枝の顔をぴたとはさんだ。
数枝には、何もかもわかった。
「ばかなことばかりして。」そう言いながら起きあがり、小さいさちよを、ひしと抱いた。何事もなかったようにすぐ離れて、
「おかずは? やはり納豆かね。」
さちよも、いそいそ襟巻をはずして、
「あたし買って来よう。数枝は、つくだ煮だったね。海老のつくだ煮買って来てあげる。」
出て行くさちよを見送り、数枝は、ガスの栓をひねって、ごはんの鍋をのせ、ふたたび蒲団の中にもぐり込んだ。
そうして、その日から、さちよの寄棲生活がはじまった。年の瀬、お正月、これといういいこともなくするする過ぎた。