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えぼしだけのちょうじょう

烏帽子岳の頂上

窪田 空穂

「早稻田文學 第二百三號」早稻田文學社、1922(大正11)年10月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,432 字 · 15 页

青空文庫

「薬師! 何て大きいでしょう!」と感嘆の声を放って見とれていたのが思い出される。その時の薬師には、夕雲のちぎれがまつわり付いていた。今は、一ひらの雲もとどめない、輝きを含んだ青空の前に、その全部をあらわしている。それは茶色をもった岩山である。誠に、大きいといって形容する外、云い方のない山である。限りなく襞をもった、襞毎に雪渓をもった山である。襞と雪渓とは、互に輝き合って、一部一部変化を保ちつつ、全体としては強い落ちつきと安らかさをもった山である。

私の眼は、これから向って進んでゆくべき山脈のほうへ移った。

それは薬師をもった山脈と、燕、常念などをもった山脈とのあいだに挟まって、一万尺に近い峰の幾つもをもって、遠く南へとうねり伸びている山脈である。私たちの踏んで行くのは、その両側に何千尺と、千尺を単位にして数えるべき谿谷をもった、高まりつくした頂上を貫いている一線の上である。

「野口五郎は何れだろう? 赤岳は?」と心のうちで思った。それは二つとも今日越すべき山である。だが私の眼にはいって来るのは、茶いろに輝いている山肌が、そのところどころに黒い色を斑らにまじえて、高く低くうねっているだけである。