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ほのおのなかにうたう
焔の中に歌う
野村 胡堂
「文芸倶楽部」1928(昭和3)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,476 字 · 27 页
まことに操縦自在です。深井少年などでは歯の立つこっちゃありません。
「だけど、本当によかったワネ、あなたが、自動車の前へ引っくり返って、目を廻しなすった時は、私本当にどうしようかと思ったワ、幸い家が近かったから、運転手と助手に、ここまで運んでもらって、今しがた先生へ電話をかけたばかりのとこよ、そう早く直るとは思わなかったんですもの……そりゃ随分びっくりしたワ、ネ、こんなよ、御覧なさいな、私の心臓はフォックス・トロットを踊ってるでしょう」
深井清一の手を取って、胸のあたりにかざすと、肌も匂うばかりの青磁色の薄い洋装の下に、なるほど女の心臓は活溌に踊って居るようであります。
それにしてもこれは、何んという人を嘗めた女でしょう。面喰ってばかり居た深井清一も、この時漸く落着いた心持で、相手の顔を正面から見直しました。が、
「あなたは、駒……」
危うく言おうとして、深井少年は言葉を半分呑み込んでしまいました。
自分と相対して居るこの妖艶無比な女は、まぎれもなく、近頃評判の歌い手、あの洋行帰りの駒鳥絹枝に相違なかったのです。
次高音歌手の駒鳥絹枝は、三浦環や藤原義江と共に、日本が生んだ世界的名歌手の一人でした。