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ほのおのなかにうたう
焔の中に歌う
野村 胡堂
「文芸倶楽部」1928(昭和3)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,476 字 · 27 页
テキパキと用事を言い付ける内も、白い柔かい手は、椅子の凭れに沿って、何時の間にやら、深井少年の背のあたりに這って居ります。そして香ばしい息は、柔かい声を吹き送って、深井少年の頬を軽く撫でて行くのです。
この様子で見ると、この女の持つ魅惑力は、あの素晴らしいメツォ・ソプラノから来るのばかりでは無いかも知れません。美しい小間使は、モザイックの床とドアーの引手以外は「私は何んにも見ません」と言った恰好で、たしなみ深く室を出て行きました。その後を追うように深井少年は立ち上って、
「こうしては居られません、僕は帰らなければ……」
というのを押えて、
「まあ、もうお帰りですって、いけませんワ、命拾いのお祝いですもの、死んだ積りなら、一晩位ここへお泊りになったって構わないでしょう」
この有名な歌姫は、ただ眼を動かしただけで、深井少年を元の長椅子に引戻してしまいました。この辺の手際も、どうかしたら、メツォ・ソプラノ以上かも知れません。
「何んという真面目なお顔なんでしょう、可愛いワネ、お坊ちゃん……あら、又怒って、御免なさいよ」
「お坊ちゃんだけは止して下さい」
「悪いわネエ、お坊ちゃんなんて……だけど、私のところに入らっしゃる男の方は、随分沢山あるんですが、みんなお頭の毛の白いのや、禿げたのばかりで、あなたのような若々しい方