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つばくろ(つばくろ)
燕(つばくろ)
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1960(昭和35)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,395 字 · 52 页
「佐藤又左衛門は歴代に比べる者のない名家老と、藩史に残る人物ではないか」
「賤民だな」と又左衛門は繰り返した、「――ありのままに云えば、事務のあやまちや、女や金のことで失敗し、または失敗しそうな友人たちに、自分の力でできる限りは助力した、生涯をともにする妻、ときめていた娘を、友人のために譲ったこともある、――心の中では、そうすればなにかが得られると思った、名声でも金でもない、ひとりの人間として、なにか慥かなものが得られると思った」
二つの茶碗に茶を注ぎ分けるあいだ、又左衛門は口をつぐんだ。茶碗の一つを梶本に渡し、自分も他の一つを持って、大事そうに啜ったが、その動作は機械的で、自分ではなにをしているか意識しないようにみえた。
「ところが、なにも得たものはない」と又左衛門は云った、「城代家老は村野と交代で、おれの才能が認められたのではないし、在職ちゅう治績をあげたといわれるが、これも同僚や部下にすぐれた人間がいて、実際にはかれらが働いて仕遂げたものだ、――それで藩史に比べる者のない名城代だって、嘲笑ならそう云われてもまだ人間らしいが、おれの場合は嘲笑さえも含まれてはいない