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ちちやくもをかたる

父八雲を語る

稲垣 巌

「父八雲を語る」ラジオ放送、1934(昭和9)年11月15日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,383 字 · 15 页

青空文庫

彼の周囲は驚嘆の余り森閑となって行きました。然し最後に芳一が、美人やか弱き者の運命――腕に幼帝を抱いて入水する二位の尼のことを物語った時、聞くもの悉く苦悶の長い悲鳴を挙げました。そして声高く吾を忘れて号泣したのです。芳一はその捲き起した悲痛の劇甚さに驚きました。暫くの間、此のむせび悲しむ声が続いたのです。

其夜芳一が此の不思議な屋敷を去る時、彼は此の夜の訪問を決して口外しないこと、又引続いて毎度ここへ来て弾奏することを誓ひました。それで彼は翌夜同時刻に、例の武士の迎へを受けて寺を去りました。その翌々晩も同様に出かけたところ、寺の和尚は不思議に思って寺男達に命じてその後をつけさせました。雨の晩で真暗です。寺男達は芳一の姿を見失ひ、どこにも彼を見出せなかったので失望し、道を海岸に取って寺へ帰って来やうとすると、彼等は撥音高い琵琶の音を聞きました。驚いて近寄って見ると、どうでせう。芳一は阿弥陀寺の墓地で、安徳天皇の墓前に座って雨に濡れながら、琵琶をかき鳴して壇の浦の一曲を語ってゐるではありませんか。彼の後にも前にも、墓場のどこにも死人の鬼火が蝋燭のやうに燃えてゐます。