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ちち
父
矢田 津世子
「日暦」1935(昭和10)年11月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,168 字 · 38 页
それにきょうはおきえさんのお供なんですからね」と姉は云い訳をするように気がねらしく云った。そして紀久子が皈りかけると「母様へはこのこと内緒ね」と追いすがるようにして念をおした。姉はおきえさんのことについてはこだわりなく何んでも紀久子へ話してきかせるのだったが、そのあとでおきまりのように「母様へは内緒ね」と念をおすのだった。それは姉の単純な優しい心ばえから出た母への劬りともとれ、また父に対する例の節操から話が母へ洩れるのを警戒しての言葉ともとれた。紀久子はそれを云われる度に曖昧な姉の心もちを疑ってきた。そしていつの間にか自分も曖昧などっちつかずの心で絶えず父と母を窺うようなことをしているのに気付いた。ふと、それが物心のついた頃からの永い間の慣しではなかったかしら、と思いめぐらしてみる。父と母の不和を湛えた暗く冷い空気の中で育てられた自分ら兄妹には共通したこの両親への窺いがあって、それがもはや気質にまでなっているのではないか。こう考えてくると、自分ら親子のつながりがどうにものっぴきのならぬ宿命的なものに思われてきて、暗澹とした気もちに襲われるのだった。