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ぎゅうにゅうとうま
牛乳と馬
豊島 与志雄
「思索」1949(昭和24)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,248 字 · 25 页
お姉さまは、軍馬だったろうと仰言る。明け方、あの馬が誰も乗せないで独りで、どこまでもどこまでも走ってゆくのが見えた。森をぬけ、谷を越え、山を登って、走ってゆくのがいつまでも見えた。あんなに長く走り続けるのをみると、軍馬にちがいない、とお姉さまはお言いなさる。まったく、お姉さまはすこし変だった。
小野田さんはいつもの通り、勝手口へ来て、牛乳瓶をわたしに渡して、笑いながら言った。
「この牛乳は、馬くさくありませんよ。」
わたしは返事に困った。よけいなことを覚えてるひとだ。お母さまが出ていらして、ほ、というような声をお立てになった。
「今日はお馬ではございませんのね。おあがり下さいませんか。」
小野田さんはすぐ、玄関の方へ回り、座敷に通った。黙ってたのがわたしの罰で、忙しくなった。お母さまはいろいろな用をお言いつけなさる。まず煎茶とお菓子をだし、それから紅茶にウイスキーを添え、梨の皮をむき、やがてお吸物にお鮨。矢野さんの別荘番が折よく来ていて、自転車で使いに行ってくれたので、助かった。
お母さまと小野田さんと、どんな応対をなさったか、わたしは知らない。ただ、口数は少いが、窮屈ではない、そんな雰囲気だったようだ。