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おぎふくうた
犀星王朝小品集
室生 犀星
室生犀星『犀星王朝小品集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:荻吹く歌、舌を噛み切った女、玉章、津の国人、野に臥す者、花桐、姫たちばな。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 105,794 字 · 211 页
そしてどのように言い聞かせてもそこから出ようとはしなかった。
「そのようにいうならば我に紙と硯とをあたえね。」
やっとそういうだけであった。供の者は畳紙に硯をそえて持って行き、右馬の頭の前に置いた。右馬の頭は、端然と硯に墨をあてがい、筆先を柔らげると重い筆さばきで書きながしたが、思い返していま一度書きあらためた。下ノ者はこの乞食男が斯様に美事な筆さばきをしたのを見て、主のむかしの縁ある人も尊き宮人にちがいなかったであろうと、改まった鄭重さで、畳紙をおしいただいていった。
「恐れ入りましてございます。」
右馬の頭はもう一度よみあらためた。
君なくてあしかりけりと思ふにも
いとど難波の浦ぞすみうき
これを封じて、
「み車に奉れ。」と悲しげに右馬の頭は再び竈のうしろにかがみ込んだ。あたりは人を見分けることのできないほど、蝙蝠色の夜のいろがかさなって行った。
生絹は畳紙をひろげて久方振りで右馬の頭の文字を見入ったが、筆の勢いや品、匂いすらもむかしのままに残っていることを、いたくも心嬉しく思った。
「君なくてあしかりけると思ふにも、……」と読み下し、「君なくてあしかりける……」