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ぎせいしゃ
犠牲者
平林 初之輔
「新青年」博文館、1926(大正15)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,364 字 · 37 页
多くの下級事務員の生活がそうであるように、今村の生活には、一年じゅう何の変化もなかった。毎日時間をきめて、自宅と会社との間を往復すべく運命づけられた機械のような生活であった。しかし、彼は、それを当然であると考えていた。これは、自分の生れない前からきめられていたことで今更らどうにもしようがないのみならず、変化などがあってはそれこそ却って大変だと考えていた。このまま、月給七十五円の事務員として一生涯をおわっても、そんなことは一向彼には苦にならなかった。むしろそれをのぞんでいる位だった。それで結構一人前の生活をしてゆくことができるという驚くべき自信を彼はもっていた。物価が騰貴すれば騰貴しただけ生活費を切り詰めればよい。現在六畳と二畳とで十五円の家賃は、六畳一室の室借にすれば少なくも三円の室代を切りつめることができると彼はしじゅう、万一の場合の覚悟をきめていた。しかも此の自信を彼は現在の生活によって着々と実証していた。四年の間に積み立てられた貯金は、既に二百七十円なにがしという額に達していた。そして、この貯金は、毎月少なくとも十円位の割合で増加していたのである。