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ろうしつき

狼疾記

中島 敦

「南島譚」1942(昭和17)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,540 字 · 47 页

青空文庫

三造は何ということもなく、身を起して、ベッドの端に腰を下したまま、ぼんやり部屋の中を眺める。二・三日前、机の抽斗を掻廻していたら、紙屑にまじって線香花火の袋が出て来た。夏の終に入れ忘れられたもので、まだ中に花火が少し残っていた。それをその時そのまま、また抽斗につっこんで置いたのを、今、彼はひょいと思い出した。彼は立上って抽斗からそれを取出す。花火を出して見ると、まだ、そんなに湿ってはいないらしい。彼は電燈を消して、マッチを擦る。暗闇に、細い・硬い・輝きのない・光の線が奔って、松葉が、紅葉が、咲いて、すぐに、消える。火薬の匂が鼻に沁み、瞬間淀み切っていた彼の心は、季節外れの・この繊細な美しさにいささかの感動を覚えていた。余りにも惨めな・いじけた・侘びしい感動を。

三

静かな博物標本室の中。アリゲエタアや大蝙蝠の剥製だの、かものはしの模型だのの間で三造は独り本を読んでいる。卓子の上には次の鉱物の時間に使う標本や道具類が雑然と並んでいる。アルコオル・ランプ、乳鉢、坩堝、試験管、――うす碧い蛍石、橄攬石、白い半透明の重晶石や方解石、端正な等軸結晶を見せた柘榴石、結晶面をギラギラ光らせている黄銅鉱……余り明るくない部屋で、天井の明り窓から射してくる外光が、端正な結晶体どもの上に落ち、久しく使わなかった