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ねことしょうぞうとふたりのおんな
猫と庄造と二人のおんな
谷崎 潤一郎
「改造 新年号 第十八巻第一号」1936(昭和11)年1月1日<br>「改造 七月特大号 第十八巻第七号」1936(昭和11)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 68,020 字 · 131 页
それで庄造は、ときどきリリーの眼を視詰めながら、悧巧だと云っても小さい獣に過ぎないものが、どうしてこんな意味ありげな眼をしているのか、何かほんとうに悲しいことを考えているのだろうかと、思う折があった。前に飼っていた三毛だのクロだのは、もっと馬鹿だったせいかも知れぬが、こんな悲しい眼をしたことは一度もない。そうかと云って、リリーは格別陰鬱な性質だと云うのでもない。幼い頃は至ってお転婆だったのだし、親猫になってからだって、相当に喧嘩も強かったし、活溌に暴れる方であった。ただ庄造に甘えかかったり、退屈そうな顔をして日向ぼっこなどをしている時に、その眼が深い憂いに充ちて、涙さえ浮かめているかのように、潤いを帯びて来ることがあった。尤もそれも、その時分にはなまめかしさの感じの方が強かったのだが、年を取るに従って、ぱっちりしていた瞳も曇り、眼のふちには眼脂が溜って、見るもトゲトゲしい、露わな哀傷を示すようになったのである。で、これは事に依ると、彼女の本来の眼つきではなくて、その生い立ちや環境の空気が感化を与えたのかも知れない、人間だって苦労をすると顔や性質が変るのだから、猫でもそのくらいなことがないとは云えぬ、―――と、そう考えると、尚更庄造はリリーに済まない気がするのである。