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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

11 一九四四年(昭和十九年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 174,521 字 · 344 页

青空文庫

雲脚が迅くなって、黒い雲が地平線に現れるとき、樫は迫った自然の恐怖的愛撫を予感して、枝々をふるい、幾百千の葉をさやがせて、嵐に向う身づくろいをいたします。そのときすいかつらも自身の葉をそよがせ、一層しっかりと蔓をからみ、樫と自分がもとは二もとの根から生れたものであったことをも忘れ、もしも雷霆が一つの枝を折るならば、蔓のからみでそれを支えようと向い立ちます。その気負い立ちを、樫は自身の皮膚に感じます。そして太い枝の撓みのかげにすいかつらをかばって、むしろかよわいその恋着の草を庇護いたしますが、気の立ったすいかつらは、自分こそ、その樫があるからこそそうやっていられるのだということを気づかないのよ。しきりに葉をそよがせて力みます。樫にはそれが気持よく、すこしこそばゆくもあるのです。ですから、よくよく気をつけて嵐の前の樫をみると、風につれてリズミカルに葉うらをかえす合間に、時々急にむせるように、瞬くように、全身を小波立たせることがあるでしょう。あれは樫の笑いよ。するとね、すいかつらはいかにもうれしくてたまらないように、わきにいる小さい苔に囁きます。ほら、笑ったでしょう、樫が。