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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
06 一九三九年(昭和十四年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 374,755 字 · 745 页
ああ、豊富な人間になりたいわね。豊富な人間になりたがる人間ではなくて、豊富な人間そのものになりたいわね。私にとって大切なのは、自分の努力で、現実に、今よりはもっと豊富になり得る余地があるということを常に知っていることです。
様々の大小の題材にまともに当ってゆくことで、私の生きている内容を試し、しらべ、自分にわからせてゆくつもりです。もとより彼此を書きこなせる、ということではなくて。
『朝日』夕刊に「宮本武蔵」が出ていて(社では夕刊を、むさしという。ニュースらしきニュースないからの由)もう二刀つかうようになったむさしが、愚庵とかいう禅坊主に一喝くらって、昨夜はむさしがその機縁を失うまいとして坊さんのとまる宿の軒下にねてくっついてゆくというところが書かれていました。ロマンチシズムもあり来りのものですが、機縁をのがさぬ心構えということはものを書く人間が、生活の間でハッと心に来たその機縁にあくまで執して、そこからたぐってたぐって一つの作品を書いてゆくのにやや通じるものがありますね。事柄があったって小説はかけない。そこが面白いところね。文才では事柄まではかけるが。