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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
06 一九三九年(昭和十四年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 374,755 字 · 745 页
非常に遅々ともして居ります。怒濤もあれば、気味わるい干潟の見えるときもある。そういう時は、私はまだいくじがないから、あなたのそばへよって、じーっと怒った眼付で、それを見つめます、その度ごとにいつも一つの情景を思い出しながら。或夜、春のようだねと云っていらした冬の晩、お茶の水の手前歩いていて、その辺は暗いところへ、左手からサーとヘッドライト照して自動車がカーブして来た、そのとき、私がびっくりして立ちどまりつつ、実際体であなたに近よったのは一寸か二寸のことですが、心ではすっかりつかまっていた、その心を自分で、自動車にびっくりしたよりも深く愕いた、そういう景色と心持とを常に思い出しながら。
ああ。この部屋にいると何と青葉の風が私の皮膚の上に青くうつるようでしょう。
二十二日
きょうは雨。いい日にふり出したと思います、すっかり干すもの干してしまって、きょうは私一日小説をかいているから、丁度二階が眩しくなくて。この小説はきょうとあしたとで書きあげます。一寸したの。しかし前からかきたかったもの。書いてしまったら申します、いつか話していた姉弟の話、あれはすこし大きすぎるのです、場所に合わして。