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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

10 一九四三年(昭和十八年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 215,557 字 · 426 页

青空文庫

出かける頃もうポツポツしていたのが、護国寺でのりかえるときは相当になり、団子坂で降りたらザアザアなの。もう古びたボクボクのキルク草履はいているのが水を吸って、草鞋に水がしみたように重いし困って、交番の裏にある電話かけて下駄もって来て貰おうとしたらボックスに人が入っています。仕方なくそこの三角になったペーブメントのところに佇んでいたら夏服着た少年がちょろりと出て来ていきなり「僕傘忘れちゃった」というのよ、太郎なの。大貫さんと映画見に行って、これもふられてかえって来たところ、というわけです。そこで、私の傘を二人にささせて、下駄をもって来て貰うことにして角の八百屋の軒下に居りました。雨は猶々ふって来て着物の裾をぬらし足をぬらし。それでものんびりした気持で濡れて待っていました。

やっと、すこしは道理に叶った養生がおできになるというのは、何とうれしいでしょう。本当に、何とうれしいでしょう。引越しなすったというのをよんで、心に栓がつめられたようでした。暑い暑いとき、傘をさし白い着物を着て、あちらの入口の鉄扉の外に立っていて、そのままかえったりしたときのことは忘れられないのよ。