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たまとりものがたり

玉取物語

久生 十蘭

「別冊文藝春秋 第二十四号小説二十人集」1951(昭和26)年10月30日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,495 字 · 19 页

青空文庫

回生を意図して、生体のそれも陰嚢に刀を入れるなどは、わが国の医術がはじまって以来、これが最初のことじゃ。言うまでもないが、一世を劃する試みとなるわけでござる。われらの名聞など、どうあろうとさしかまいはないが、このたびばかりは、なんとしても仕終わせねばならぬ。万一にも仕損じたら、この先、蘭方外科は何とあるであろう。それでは困るから、取掛るからには、手ぬかりのないように、万全を期さねばならぬ。まず施術の時期だが、それについて戸塚氏に御意見があったら承っておきたい」。戸塚の意見は、かすとらちおんの医書には去勢の術は寒暑の候はいずれも不可、春、秋、殊に早春がよいとあった。これは牛馬のことで、殿のふぐりは譬えにならないようなものだが、なんといっても施術の器具が思うようでなく、消毒の方法も不備だから、感染の恐れの少ない季節を選びたい。なおその上、寛怠に似て恐縮だが実はまだ研究が十分でない。行届きかねるところもある。自信もないのに執刀するのは、天を懼れざる仕方だから、ならば一日でも先へ繰延したいのが真意だということであった。

幸いなるかな、殿上の御腫物は良性でござって、梅瘡にも、労性にも、癌腫にもその方の悪性の筋をひいていないから、仮りに小児頭大の極度に及ぶにしても、そこまで行くには半年や十月の余裕があるものと見てよい