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たまつきばのいちぐう

球突場の一隅

豊島 与志雄

「新小説」1916(大正5)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,111 字 · 29 页

青空文庫

」

「突いてゆくさ。」

そして二人は例の球突場にはいった。瓦斯の下に見馴れた球台を見出すと、彼等は急に心が和いで、先刻のことは忘れてしまった。

其晩林は来なかった。村上と松井とは遅くまで無駄口をたたきながら球を突いた。おたかが美しい声で然しいい加減にゲームを取った。

三

一雨毎に寒くなっていった。百舌鳥が鳴いて銀杏の葉が黄色くなっていた。

その日朝から怪しい空模様だったが、午後には大分激しい吹き降りになった。そして晩まで続いた。

ささっ、ささっと大粒の雨が合間々々に一息しながら降り続いた。それが風に煽られながら軒や戸や木の葉の茂みにうち附けて一面に霧を立てた。雨と風と縒れ合いながら軒から軒へ通りすぎてゆく時、凡ての物音は消されて只騒然たる雨音ばかりが空間に満ちた。

おたかは一人で球突場に居た。

彼女は何かしら気がくしゃくしゃしていた。ともすると心が滅入りそうになった。凡てのことが妙に儚く頼りなく思えるのであった。それなのに手足の先きには生々とした力が籠って、溌溂たる運動を待ち望んでいるかのような心地がした。

で彼女はそっと飛び上って球台の上に腰掛けた。