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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

彼女の口元には硬ばった微笑が湛えられていた。そしてその真白な歯並の奥から覗く糸切歯の金の光りは、私の心を魅してしまった。私は官能の奴隷となって、感覚の陶酔を彼女と自分とに与えた。而もそれは、平素の私と彼女との精神状態に対して、如何に不自然なものであったか! 翌朝になって私達は、互に白けきった気持ちで、眼を外らすことが多かった。斯くて私達はいつのまにか、真の夫婦関係から、愛し合う男女関係からは尚更、遠ざかっていった。

それも結局私には気楽だった。然し、自分の性慾を金の力によって滿すような機会を、而も自分の前に差出された機会をも、私は決して掴まなかった。少くとも妻がある間は! と私は自ら誓っていた。所が、それが却って悪かったのだ。何という不条理なことであろう!

私が外に出かけようとすると、何処へ行くのかと秀子は尋ねだした。私が夜遅く帰ってくると、翌朝になって、昨日は何処へ行ったのかと彼女は尋ねだした。私は気にもかけなかった。気持ちの和らいでる時には、和らいでいない時にも大抵は、何処から何処へ行ったと明かに答えてやった。少しく曖昧な点があると彼女はなお追求してきた。