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りそうのおんな

理想の女

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,162 字 · 77 页

青空文庫

菊代が来ると、私は妙に苛立ってきた。やたらに彼女へ杯をさしつけた。重苦しいへまな冗談口を盛んに利いた。しまいにはその三味線を奪い取って、変な手附で「一つとや」を弾き出した。自分自身が滑稽だった。滑稽を通り越して泣きたかった。「松飾りーい、松飾り、」の所へ来て手を忘れた。つかえてしまった。私はぴんと三本の絃を引き切ってしまった。

「まあ、何をなさるのよ。」と彼女はつめ寄ってきた。

眼瞼の薄い小賢しい眼が、妙に黝ずんだ光りを帯びて、緊りのない脹れっぽい顔付に、一寸敵意らしい険が漂っていた。私はその顔を見つめた。

「僕は今晩は帰らないよ。」と私は吐き出すようにして云った。

彼女は一寸瞬きをした。次の瞬間には妙に荒々しい素振りになっていた。

「卑怯な方ね!」と彼女は云った。「帰ろうたって、もう帰すものですか。」

彼女は酔っていた。私も酔っていた。それから私達は、別の奥まった家の狭い室で、時間過ぎの酒を飲み初めた。自分自身の魂を踏み躪りたいような、また妙に冷たい敵意のある意識が、ちらりと起きかけるのを、私はむりやりに酔いつぶしてしまった。酔いつぶれると、ただ空虚な渦巻きの世界のみだった。