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せいとしとのきろく

生と死との記録

豊島 与志雄

「帝国文学」1918(大正7)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,961 字 · 39 页

青空文庫

そしてS氏が横浜に行っていて不在なのがただ遺憾だった。

私達は堯の手首を取ってみたり、その顔を覗き込んだりした。堯はぼんやり眼を見開いていた。両眼はもう寄っていなかった。然し何にもよく見えないらしかった。私達はその側で、どうすることも出来ない締めつけられたような自分達の心を見出した。時間がただ過ぎて行った。

その晩十二時近くに看護婦は容態表を記入した。――熱八度二分。脈搏百二十、呼吸四十二。嘔吐八回、尿二回、便通二回、腸洗一回。

三時頃から看護婦を寝かした。彼女は堯の左に寝た。私は堯の右に寝た。芳子が枕頭で起きていた。然し私は眠れなかった。芳子と代ったが、芳子も眠れなかった。病室の中はむし暑かった。

そしてそのまま夜が明けた。看護婦は堯の顔にガーゼの切れをかけて室を一通り掃除した。掃除を終ると窓の上の方を少し開いたままにした。其処から曇った朝の凉しい明るみが室に流れ込んだ。然し私達にとっては、その昼も直接に夜から続いた昼であった。凡てがただ明るくなり、電燈の光りが雲を透してくる太陽の明るみに代ったのみであった。堯は無意識の眼をぼんやり見開いていた。