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たはらしのはんざい

田原氏の犯罪

豊島 与志雄

「黒潮」1917(大正6)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页

青空文庫

田原さんは、夜学に通うため仕度をして出て来た良助に云った。

「お前が水を撒いたのか。」

「はい。」と良助は答えた。

「よく私がいつもやる通りに覚えているね。」

「はい、何でも旦那様のやらるることを覚えておかなければいけないと思って、平素から注意して居りますので。」

「それでは私が万事お前の理想となるわけだね。」

「…………」

田原さんはその時、自分の云ったその言葉に妙に不安になった。自分は始終良助からつき纒われている、というような漠然とした感じを懐いたのである。そしてその感じはどうすることも出来ないようなものだった。

然し顧みて、夜学の包みを持ち短く袴をはいているその少年の姿を見ると、田原さんは急に何だか馬鹿馬鹿しくなった。敏感な頭のいい少年だったが、それはやはり少年だった。

「もう時間だろう、出かけたらどうだ。」

ややあって田原さんはそう云った。

「はい別に御用はございませんですか。」

「ああ何もないから。」

「それでは行って参ります。」

良助はそう云って、約三十秒許り田原さんの側にじっと立っていた。それから急いで家を出た。

田原さんもその後で散歩に出た。

二時間許りして彼は帰って来た。