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たはらしのはんざい
田原氏の犯罪
豊島 与志雄
「黒潮」1917(大正6)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,957 字 · 57 页
なにその一寸……。」
徳蔵はふと言葉を切って何やら考えていたが、それがどうしても思い出せない風であった。
「冷めたいのを一杯飲まないか。その方が頭がはっきりしていいよ。」
それをきくと徳蔵は急に眼を瞬いた。そして縁側から離れて立ち上った。凡てが漸く記憶に甦ってきたらしかった。
「いや旦那、もう御免被ります。この上やったら死んじゃいまさあ。いや豪い目に逢いましたよ。身体中がぎらぎら燃え出しちまったんですよ。真紅に燃える奴あ平気ですがね、ぎらぎら燃える奴ときたらかないませんや。頭にがーんときたんですよ。眼が眩んじまいましてね。……相済みません。水を一杯頂きてえんですが。」
「水をくんでおいで。」と田原さんはふり返って良助に云った。
その時徳蔵は初めて其処に田原さん一人でないことを知ったらしく、顔を挙げると、次の間の襖の影に立っている良助の姿を見出した。それから彼は眼を落して縁側に敷いてある蓆を見た。
徳蔵は黙って蓆を畳んで片隅に押しやった。
やがて彼は良助が持って来たコップの水をぐっと飲み干した。そして黙ってまたそのコップを差出した。良助はまたそれに一杯水を注いで来てやると、彼はそれをも一息に飲み干した。