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たざきそううんとそのこ

田崎草雲とその子

吉川 英治

「文藝春秋 夏期増刊号」1932(昭和7)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 页

青空文庫

お墨は三十五六らしいが、まだ十六、七のお房にまけない気で、よく朱塗の鏡台へ、ぺたんこに坐って、いかに老いまじきかと、苦心惨憺たる様子がある。お房は、気のやさしい娘だった。すこし淋しい影はあるが、美人である。

彼女の母は、人の妾だった。公然に、父といえない人は、幕府の金用達を勤め、御家人株をもって、とにかく、大小をさしている中山蒿岳という男だった。蒿岳は、この妾宅へ稀にみえても、もうお墨の意慾に添える年ではない。ただ義務として顔を出すのである。そして少々画の下地があるので、草雲が移ってきて以来、いつか師事するようになった。師の子息、格太郎にはよく手土産などをもってきた。

その蒿岳は、もう両三年前に死んでいた。生活費は、困らないようにしてあったとみえて、つましくはあるが、母娘に口紅や白粉の余裕はあった。殊に、お房の美しさは、年頃になるにつれて、伝法院界隈で、ちょっと目についた。

堀の裏店で、まんまー、まんまーと、泣いていた格太郎も、もう前髪をとって、青額白皙の青年だった。幼少の時、剣槍を男谷の道場へ、後に九段の斎藤弥九郎の練兵館に研き、学問はいう迄もなく、孜々と毎日三田の塾まで通っている。