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たざきそううんとそのこ

田崎草雲とその子

吉川 英治

「文藝春秋 夏期増刊号」1932(昭和7)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,568 字 · 40 页

青空文庫

見ると、出かける時に、壁に立てかけていった七草の絵が、畳に横にされている。そして、前に、きちんと坐っているのは、妻のお菊であった。いつも、草雲が画筆に向うように、そこに、筆洗を置き、硯をすえている。

それだけならよかったが、お菊は、筆に墨をふくませて、良人が一心をこめて描き上げた秋草の絵を、まっ黒に塗っているではないか。

もう、その手を、掴み止めても、間にあわないのである。七草の絵は、無残な空骸だ。草雲は、怒りに全身が燃えた。愛児が、虐殺されたような感情が、眼を熱くさせて、男泣きの涙がこぼれかけた。

が、すぐこういう場合に、いつもの癇癪持ちとは別人のように、冷思の姿を持つのが、草雲であった。

静な、やさしい言葉で、

『菊……。お前、何をしておるんだ』

『はい、わたしは、七草を消しているんでございます』

『どうして』

『淋しい花、秋の七草、どれを見ても悲しゅうございます。それでなくても、秋なのに。……畳から、こんな草が生えて』

言ってるまにも、墨が、すッすッと、絹の上を走った。

ぽんと、壁へ筆を抛った。――はっとして早雲は、妻の痩せた肩をつかんだ。同時に、彼女は、うつろな眼をして、