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いなかいしのこ
田舎医師の子
相馬 泰三
「早稲田文学」1914(大正3)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 37,947 字 · 76 页
……泥海の底で、真珠が自分の光を放っていたってそれでもいい訳ではないか。」こう思うのであった。
その日は、初秋の風が朝から家のぐるりをさらさらと廻っていた。家の前の大きな竹林が、ちょうど、寄せてはかえす海の波のような音を立ててざわめいていた。何となく遠い事がそこはかとなく忍び出されるような夜であった。この六年の間、いろいろに結びつき、また離れ合った彼、彼女、彼等、彼女等――都恋しい思いがたまらなく彼の胸に迫って来るのであった。
彼は押入れの戸をあけて、一本の葡萄酒の瓶をとり出した。そして、それを台のついた小さなグラスに汲んでちびりちびりとやり初めた。酔が快く廻って行った。
母屋の方はもうすっかり燈火が消えて、家の人達は誰もかも深い睡りに入っていた。屋外には冷やかな夜が、空にきらめく数限りもない星々を静かにはぐくんでいた。
「何という淋しい酔であろう。」
と、彼は口に出して自分自身に云った。しかし、何故かもっと深く酔って行ってみたかった。そこで、彼は再び立ち上って戸棚の中から、今度はウイスキーの四角な瓶をとり出して来た。肴は? と思ったが何もあるはずがないので、机の上に置いてあった干葡萄の皿を引きよせて、それを摘んでぽつりぽつりやり出した。