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ゆふいんこう
由布院行
中谷 宇吉郎
「社会及国家」1926(大正15)年5月20日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,779 字 · 14 页
茄子を作ったり、野菊やトマトを植えたり、鯉を飼ったり、鶏を養ったりして、まるで自給自足の生活であるが、別に不自由は感じないから安心してくれといった。「人はみんな、わしのことを由布守といってくれるでの、もう人間はどうして暮すのも一生だからのう」と伯父は全く上機嫌であった。色々の事業をやって、何時でもその隠棲的な趣味のために結局は失敗して来た伯父は、六十になって漸く満足の出来る境界を得たようであった。それにこの高原の空気と自給自足の労働とが、よほど健康にも好かったらしく、たださえ頑丈な身体が益々丈夫そうになっていた。これから発達しようという由布院の温泉地の一廓からは全くかけ離れているので、少しも気づまりな点がなかった。伯父は夏になると、どんな客が来ても、この浅黄の帷子の袖無しを一枚素肌にひっかけたままで応対するのであった。その袖無しには、ちゃんと背に一つ大きい家の紋がついていた。「T侯爵が来られた時でも、わしはこれ一枚で御免を蒙るんで」といって、伯父は由布守をもって自ら任じていた。しかし八月でも、自分のような余り強くないものには、肌脱ぎなど出来そうもない涼しさであった。