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ふうてんろうじんにっき

瘋癲老人日記

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1961(昭和36)年11月~1962(昭和37)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,490 字 · 196 页

青空文庫

何用かと思うと、先般颯子の足の拓本(色紙)を竹翠軒に預けたまゝにしてあるから、あれを受け取って、この間の石屋に示し、あれを佛足石のように刻ませてくれ、と云うのである。大唐西域記に依れば、お釈迦様の足跡が今も摩掲陀国に遺っているが、足の長さが一尺八寸、廣さが六寸、両足に輪相があるとしてある。颯子の足の裏も、輪相は描かなくてもいゝが、長さはあの形のまゝで一尺八寸に擴大して貰いたい。是非そのようにお前から注文してくれと云う。そんな馬鹿気た注文を、頼める筈のものでもないから、私はいゝ加減に聞いて一旦電話を切り、

「石屋の主人は九州地方へ旅行中だそうで、後日返事をするそうです」

と、答えて置いた。すると数日後、又父から電話があって、それなら拓本全部を東京へ送ってくれと云う。私は云われる通りにした。

拓本が到着した旨を佐々木看護婦からやがて知らせて来た。父は十数枚の拓本の中から、出来のいゝのをあれかこれかと四五枚選び出して、一枚々々熱心に、何時間でも飽かず眺めて暮している、又興奮させてはと思ったが、それをも禁止する訳に行かず、颯子に直接触れるよりは、まあこんなことで満足させて置く方がいゝと考えてそのまゝにしている、と看護婦は云った。