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しらねのふもと
白峰の麓
大下 藤次郎
「みずゑ」1910(明治43)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,238 字 · 45 页
坂を下ると人の住まぬ古家がある。たけ高き草が茂っている、家の前には釣橋がある、針金を編んで、真中に幅広からぬ板が一枚置かれてある。夏の頃、湯の客が毎晩来ては動かして遊んだとかいうので、足をかけるとグラグラと揺れて、僅か四、五間の板を蹈むにもよい心持はしない。
渡り終って、左の崖の崩れを強いて下ると小さな河原がある。上流から木を流す時、浅瀬に乗り岩に堰かれたおりに、水の中心に押やるため、幾人かの山人が木と共に下って来る。その人たちの歩む道が、砂の上岩の角に印を止めている。粘板岩というのであろう。薄く剥がれる黒い大きな岩を越えると、水際で、澄みわたった水は矢よりも早く流れてゆく、あたりには青い石も赤い石もある。霧のかかった上流の山、紅に染まった両岸の林、美しい秋の絵が一枚出来そうである。
私は、刻んで動く水を好まない。この川の上流は野呂川とよばれて、水は油のように、山影を浮べたまま静かに静かに流れているという、私はそういうところを画きたいが、この空模様で二里三里の奥へゆく勇気もなく、終にここの河原に写生箱を開くことにした。
空は漸く暗くなって、水の色が鉛のように光る。