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ひゃくしんのふ
百唇の譜
野村 胡堂
「文芸倶楽部」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,209 字 · 25 页
尼はバラバラと紙を繰って、最後に一番最初の唇に眼を落しました。
「これに相違ない、この一番最初にある唇の捺形と、今私が血潮で捺したのと比べて御覧。大きさ形ち、ひだの具合、何処に一つ違ったところがあろう?」
「何?」押しやった帳面を取上げた千代之助は、一番目の唇形と、百番目の唇形とを比べて、痛手の外の打撃に真蒼になってしまいました。
「そんな事は無い、そんな馬鹿な事は無い」
「よく御覧、この通り頭は丸めたが、私の顔にはまだ、八年前の真弓のおもかげが残って居る筈」
「えっ」
「お前に弄ばれた私と、お前に斬られた良平様とは、年月の経つにつれて次第に慕い合い乍ら、お前と言うものが間にあってその怨が解けないばかりに、幾年経っても一緒にもなれず、死なず生きずの苦しみをして来た」
「…………」
若い尼――真弓は、恐るる色もなく千代之助の面を指して、怨と怒りとをない交ぜた言葉を浴せかけます。
「それの辛さに、私は髪を下して、斯う行い澄して居るがどうしても忘れられないのは、お前の怨めしさと、良平様の恋しさ」
「嘘だ嘘だお前は真弓に相違あるまい、それは俺が負けてやろうが、この千代之助を忘れて団栗のような醜い良平づれが恋しくなる――ハッハッ、そんなそんな、馬鹿な事があろうか」