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ひゃくしんのふ

百唇の譜

野村 胡堂

「文芸倶楽部」1931(昭和6)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,209 字 · 25 页

青空文庫

「真弓殿は俺のものだ、許婚が何んの」

「え、言わして置けばッ」

半沢良平は藩中屈指の使い手、荒井千代之助は役者のように綺麗ですが、前にも言ったように、腕は藩中並ぶ者なき大なまくら、抜き合せる気力もなく、狭い真弓の室を、彼方へ此方へと、蟲のように逃げ廻りました。若し真弓が刃の下を掻い潜って、千代之助を庇ってやらなかったら、二た太刀三太刀目には膾のように刻まれてしまったことでしょう。

「退いた。真弓殿、庇い立てすると、危い」

「あれッ、堪忍して」

わななく二つの掌が白刃を潜って執抛く附き纏うには、半沢良平も悉く持て余しました。千代之助と何んな関係まで進んで居るかは知りませんが、この咲き匂うような美しい娘。やがては自分のものになる真弓――を斬る意志などは毛頭持って居なかったのです。

「えッ、逃がしてなるものか」

激しく斬り下げた良平の一刀、何う間違ったか、深々と長欄に斬り込んでしまいました。

大なまくらでも武士は武士です。それを見ると、一刀抜く手も見せずサッと良平の腕へ――

「あッ」

ひるむところを付け入って、止めの一刀、胸元深く刺そうとすると、何処から飛んで来たか、一挺の小柄、千代之助の小鬢をかすめて後ろの柱に深々と立ちます。