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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
と申されましたので、「弥市、えんりょすることはないぞ」とすぐとのさまのおこえがゝりがござりました。さればわたくしとてもいまは何をか御辞退いたしましょう、これこそ自分ののぞむところと、さっそく三味線を手にとりまして、「君ゆゑなみだはいつもこぼるゝ」とれいの小歌をうたいました。「いや、いつもながら巧者なものだな、ではそれがしも弾いてみよう」と申されて、つぎには朝露軒どのがそのしゃみせんをおとりなされ、
滋賀の浦とて
しほはないが
顔の
ゑくぼは
十五夜の月
と、うたわれますので、わたくしそれをきゝながら、さてもおもしろい文句だわいと存じまして、みゝをすましておりますと、ところ/″\にながい合いの手がはいります。朝露軒どのはそこのところをいとのねいろもうるわしくおひきなされましたが、ふと気がつきましたのは、その三味せんのうちに二度もくりかえしてふしぎな手がまじっているのでござりました。さようでござります、これはわたくしども、座頭の三味線ひきのものはみなよくぞんじておりますことでござりますが、すべてしゃみせんには一つの糸に十六のつぼがござりまして、三つの糸にいたしますなら都合四十八ござります。