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もうもくものがたり

盲目物語

谷崎 潤一郎

「中央公論」1931(昭和6)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页

青空文庫

おみのうえでござりましたけれども、姫ぎみたちの御せいじんをたのしみにあさゆう看経をあそばすほかにはこれと申すお仕事もなく、おとなうお方もござりませんので、もうまったくの世すてびとのような佗びしいおくらしでござりました。それにつけても、いまゝではおおぜいの人目もござりますし、なにやかやとおまぎれになることもござりましたのに、ひねもすうすぐらいお部屋のおくにとじこもっていらしってしょざいなくおくらしなされましては、みじかい冬の日あしでさえもなか/\長うござります。しぜんおむねのなかには亡き殿さまのおすがたがおもいうかべられ、あゝいうこともあった、こういうこともあったと、かえらぬむかしをおしのびなされて悲歎にくれていらっしゃいました。いったいおくがたは武門のおうまれでいらっしゃいますから、なにごとにも御辛抱づようござりまして、めったと人にふかくのなみだをおみせになることはござりませなんだが、もはやその頃はおそばの衆と申しましてもわたくしどもばかりでござりましたので、はりつめたおこゝろもいっときにおゆるみなされたのでござりましょう。