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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
と仰っしゃるのでござりました。「なか/\、あなたがたにおきかせ申しますようなものでは」と、御じたい申し上げましても、「ぜひにうたえ」と御意なされますので、それからはたび/\御前へ出ましてうたったことがござります。「おもしろの春雨や、花のちらぬほどふれ」と申す、あの文句をたいそうおこのみなされ、あれをいつでも御所望あそばされまして、いったいにうき/\としたものよりは、しんみりとした、あわれみのふかいものゝ方がおすきのようでござりました。よくわたくしがおきかせ申しましたのは、
しぐれも雪も
をり/\にふる
君故なみだは
いつもこぼるゝ
とか、
おもふとも
そのいろ人に
しらすなよ
おもはぬふりで
わするなよ
というような唄でござります。この二つのうたの文句は何かしらわたくしの胸のおもいにかよいますせいか、これをいっしんにうたいますときは、腹のそこより不思議なちからがあふれいで、おのずから節まわしもこまやかになりこえさえ一そうのつやを発しましたので、おきゝになるかたもつねにかんどうあそばされ、又自分でも自分のうたのたくみさにきゝほれまして、こゝろの中のわだかまりがいっときに晴れるのでござりました。