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もうもくものがたり
盲目物語
谷崎 潤一郎
「中央公論」1931(昭和6)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,341 字 · 148 页
御恩をこうむりましたのも、いさゝかおんぎょくをたしなみましたがゆえでござります。人の望みはいろ/\でござりまして、何がいちばんの果報とも申されませぬから、わたくしのようなきょうがいをあわれとおぼしめすかたもござりましょうなれども、じぶんの身にとり此の十ねんのあいだほどたのしいときはござりませなんだ。さればなか/\隆達どのをうらやましいともおもいませぬ。それを何ゆえかと申しますのに、おくがたのおことにあわせて三味線のひじゅつをつくし、または御しょもうの唄をおきゝに入れて御しんちゅうのうれいをやわらげ、いつも/\おほめのおことばをいたゞいていたのでござりますから、たいこうでんかのぎょかんにあずかりましたよりもずっとほんもうでござります。これもめしいにうまれましたおかげかとおもえば、このとしになりますまで自分のかたわをくやんだことは一ぺんもござりませぬ。
世のことわざに、蟻のおもいも天までとゞくと申します。はかない盲法師でもちゅうぎは人とかわりませぬから、すこしでも御しんろうが癒えますように、せい/″\御きげんうるわしゅうおくらしなされますようにと、こゝろをこめておつかえ申し、しんぶつにきがんをかけました