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いしころ

石ころ

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,450 字 · 23 页

青空文庫

――父親が権勢家だから驕っている。――縹緻自慢で人を侮っている。自分に対するそういう蔭口が、本当の自分とはかかわりなしに人の口の端にのぼる、それを聞くかなしい辛い気持がそのまま多田新蔵の上に思いやられ、「人は評判だけで判断してはならない」とつねづね身にしみて考えさせられていた。その思いがつい口を衝いて出たのである。「でも云ってはならなかった」その日、屋敷へ帰ってから、松尾は自分の言葉を改めて反省した、「口で云ってわかることではなかった、却ってよしない噂の種になるかも知れなかったのに」そう思うだけでもやりきれない気持だった。そしてそれはやはり事実となった。

なにごともなく半月ほど経って、朝々の野づらに白く霜のおりる季節となった或る夜、兄の万三郎が来て、「父上がお召しなさる」といい、いっしょに父の居間へつれてゆかれた。去年の春に母が亡くなってから、父は屋敷にいるときはいつも亡き妻のために千部経を写すのが習慣になっている。今もその写経をしていたとみえ、燭台の脇には筆硯や紙などの載った経机が寄せてあった。兄もいっしょに、松尾がそこへ坐ると、父はちょっと具合のわるそうな口調で云いだした。