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しゃかいじひょう

社会時評

戸坂 潤

「文藝春秋」1933(昭和8年)年6月~1937(昭和12)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,408 字 · 380 页

青空文庫

けれどもこの時からハチ公に不思議に思えてならないのは、皆んなの注目の的が、自分よりも他の何かのものに移って了っているらしいということだった。とそう思っていると十歳ばかりになった女の児が出て来て、眼の前につるしてあった、彼が着せられたと同じ紅白の幕を引き降ろすのであったが、増々皆んなはその方にばかり瞳を集めていて、ハチ公のことはもうスッカリ忘れて了っているように見えるのであった。

彼が驚いたことには、幕が降りて現われたものは彼自身の銅像だったのである。皆んなは一緒にこの銅像に向って歓呼した。それがすむと本人のハチ公が銅像の側に引っぱり出された。そしてもう一遍皆んなが歓呼した。併し皆んなの瞳が集められているのは彼の銅像に対してであって、決してハチ公に向ってではない。

ハチ公はつき落されたような失望と屈辱とを一遍に感じた。観衆の対手にしているのは彼ではなくて、彼よりもずっと大きくて立派な彼の銅像だったのだ。この銅像が出来ればもう自分はいらないものだとすると、ひょっとして自分は殺されるのではないかという不安さえが、急に彼を襲い始めた。彼は急いで駅の外へ飛び出した。