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そぼのために

祖母のために

宮本 百合子

「文芸春秋」1925(大正14)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,632 字 · 16 页

青空文庫

口元など、別人のように痛々しく皺みくぼんでいる。息が抜けるので一層弱い声で、祖母は、

「なしてこげえな病気になったろう。……早く死にたいごんだなあ」

と訴えた。彼女は、病気より何より自分で厠に行けないのを苦にやんだ。一寸気を許すと、夜なかでも独りで立って行こうとするので困ると、看護婦が説明した。私は無頓着な元気な風で、祖母の一克さを笑った。そして、乱れた白髪を撫でつけてあげながら少し大きな声で、

「おばあちゃま、謡の種板を買って来たのだけれど、おききになりますか」

と訊いた。祖母は、暫く考えていたが、穏やかな口調で、

「謡はいいなあ、おら地言(文句)は判らないでも、音をきくだけで、気までしゃんとするごんだ」

と答えた。私は重ねて、

「おききになる?」

と尋ね、合点するのを見て悦びを感じた。友達は、数年前に母を失った経験を持っていた。彼女は、恢復力のない病人は、音楽などをいやがるようだと話した。祖母が、蓄音器を聴こうというのは、よい徴候だ、大丈夫だと、私は嬉しく思ったのであった。

翌日、祖母は鉢の木や隅田川など、満足した顔付で聴いた。傍で、把手を廻しながら彼女の楽しむ様子を眺め、私はレコードを買って来てよいことをしたと思った。