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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

「……はい」

新妻はまだ、体がふるえる。

さきに良人の烏帽子だけはとって、冠棚へ移したが、良人はなお、直垂のままで、閨衣を着ず、彼女も夕化粧のときにかえた宵衣の姿だった。

「ほかでもないがの、登子」

「はい」

「いっそ、むくつけにいおう。そなたは一体、この高氏のどこを見て妻となる気を抱いたのか」

「…………」

「守時殿という兄のすすめでぜひなく嫁ぐ気になったか、それとも」

「上杉殿と兄君のおはなしだったのは、申すまでもございません。けれど私もすすんで望みました」

「どこがようて」

「わかりません」

「わからぬままに」

「ええ、わからぬままにも、身の生涯をお託して、どうあろうとも悔いのない、たのもしい殿御と、いつか、お慕いもされまして」

「ならば、あらためて、告げねばならぬ。……登子、形どおりな祝言や初夜の式もすんだが、まことの夫婦のちぎりまではしていない。申さばそなたはまだ処女の肌のままよ。……高氏がいま打明けて申すことに、もしいささかでも不安であり、不同意だったら、いつでもこの家を去るがいいぞ」

「えっ。……?」

「なにも知らずに嫁いだそなただ。知らぬがままに連れ添うなれば、それまでのことですもうが、しかし、さまでの秘事を抱きながら、妻となる者へ、にもそれを告げず、後での悔いやら泣きを見せるのは、男として、高氏は自身に恥じる。