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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

藤夜叉

「ここで足利家の総領の君を仰ぐとは、まことに天の配剤。ぜひ一つお会い下さるまいか、その蔵人どのと」

彼の熱ッぽい語気が、と切れたときである。

遠くだったが、とつぜん、田楽楽器の合奏が、いつか黄昏れた山城のしじまをゆるく破っていた。

藤夜叉

――夜は夜を新たにして。

と昼間、道誉が言った。

いかにもばさらないい方で彼らしい言と思われたが、約束のごとくその晩、城内の的場から武者廂までを容れた俄舞台と桟敷で、新座の花夜叉一座の、田楽見物が行われた。

もちろん、高氏を主賓に。

そしてその晩は、家中一同にも陪観をゆるされ、人影は桟敷の外まであふれたが、とりわけ、道誉のそばには、盛装した一と群れの女房たちが華やいで芝居篝に照り映えていた。

また、高氏の後ろにも、数名の女性が侍いている。

が、それは、道誉の侍女たちか、遊女の種類なのか、高氏には判じもつかない。

彼女らはこもごもに、主賓の彼へ杯をすすめたり、台盤のさかな箸をおき直したり、またその嬌笑を、時々の笑いどよめきの波と、ひとつにしていた。

だが、高氏だけは、そんなせつなも、笑い遅れて、うつろな迷ぐれ笑いを、あとから、頬へかすめていた。