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しほんたいへいき

私本太平記(一)

吉川 英治

吉川英治『私本太平記(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:私本太平記、私本太平記。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 246,214 字 · 495 页

青空文庫

すると、その顔を、とつぜん拍手と喝采のあらしが吹いた。もう藤夜叉の姿は、舞台から消えている。――いや舞台姿の彼女は、いつか高時の御前に召されて、すぐ眼のまえに来ていたのだった。

高時には、凝視の癖がある。穴のあくほど、まじまじと人の顔を見るくせである。――台座に近う、その視線をあびて、藤夜叉は消えも入りたい風だった。いちど拝礼して、上げた面も、また、さしうつ向いたきりになった。

「道誉」

やっと、彼の眼が横へそれる。

「――艶やかだのう。舞台で見るよりは、近々の方が、いちばい美い」

「太守」

「なんだ」

「芸能の徒は、容姿を愛でられるのは、誉れとしておりません。伎芸そのものをお賞めつかわしていただきたいもので」

「芸は申すまでもない。したが、その上にもの花羞かしさよ。藤夜叉とやら、それ、纒頭をつかわすぞ」

と、高時は着ていた唐織の羽織を脱って投げ与えた。その上、手ずから杯をやって。

「眉目はよし、芸もよし。鎌倉の白拍子、田楽女数千といわるるが、かほどな者はよもおるまい。道誉はなぜ、今日まで、藤夜叉をこの高時に見せずにおいたか」

「いや、これは先頃、近江より召し寄せました者で」